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壱岐国分寺

僧寺跡と現存寺

2000年3月29日 訪問

 「一支国」ともよばれ、地名の大字・小字などを「触(ふれ)」とよぶなど独特の文化をもっているようだ。
 創建は不明であり、尼寺の記述も遺跡や出土品もない。国分寺の建立については、国分寺跡の立て札には「壱岐直の氏寺を以てこれに充てた」とあるので、嶋分寺として一般の国々のように大国・上国・中国・小国等の扱いではなく、特別に尼寺や七重塔などを省略してもよかったようだ。


 壱岐国分寺跡の表示と草むら 礎石は覆され周辺に石が転がっている

  現存寺は僧寺跡から600〜700b離れていた。嶋分寺の再建としての現存寺というより、この寺に「国分寺」の名前を託したように思えたが…。
 宗旨は臨済宗大徳寺派となっており、寺号を壱岐 護国山国分寺と称する。そういえば、足利尊氏が創建した壱岐安国寺も臨済宗大徳寺派だった。


  それにしても画像の構図がすばらしい寺だ


本堂正面には、壱岐の伝統玩具である鬼凧
(おんだこ)をデザインにした暖簾が飾られる