街道別の国分寺一覧(1)

畿内編(4ヶ寺)

お寺の写真をクリックしてご覧下さい

山城国分寺 河内国分寺 和泉国分寺 摂津国分寺

「もくじ」の表示がされていない場合のみクリックして下さい。
「もくじ」と「トップページ」が表示されます。

 山城国分寺 京都府加茂町列幣
  
真言宗             現存・僧跡・尼跡

 関西本線加茂駅から北西に2q。740年に平城京から遷都した恭仁京は、僅か4年間の都だった。その間、聖武帝は国分僧・尼寺建立の詔を発し、恭仁宮跡地は僧寺として充てられ、宮城の大極殿は僧寺金堂として再利用された。
 大極殿跡が小学校裏に遺跡として整備され、七重塔跡にはみごとに細工された塔礎石が完ぺきに近いかたちで残されていた。  

 河内国分寺  大阪府柏原市東条町
                            僧跡

 近鉄大阪線河内国分駅から東へ2q足らずの所に塔跡のみ残る。ぶどう畑に囲まれ、大和川を望む絶好の眺望恵まれてはいるが、これほどの北向き傾斜地の国分寺跡も珍しい。
 発掘調査により、塔の西に南大門・中門・金堂・講堂があり、東側に寺院の付属施設があったと説明板に書かれていたが、イメージするには難しすぎる地形である。

 和泉国分寺 大阪府和泉市国分町
 真言宗                     現存

 泉北高速鉄道、和泉中央駅から南東に4qのところ。一帯は田園と森林に囲まれ、現存寺は古くからの集落の中にあった。古瓦の出土はあるものの、発掘調査は不可能な状態にある。
 和泉国は757(天平宝字元)年に河内国から独立し、国分寺建立の詔より百年近く後に安楽寺を以て僧寺としたとある。その後、南北朝の戦い等、度重なる戦乱で大伽藍は消滅した。

 摂津国分寺 大阪市天王寺区国分町
    
                     不現存

 JR環状線寺田町駅北 300bにある。街の中の国分寺公園という遊び場に、「摂津国分寺跡」と書かれた石碑と説明板がある。
 ただし古瓦が出土したのみ。しかも天王寺区国分町の他に北区長柄、中央区森ノ宮中央にも「国分(町)」の名が残り、ここも有力だが僧寺跡と確定できていない。現存寺は市内の北区にあり、近くの天徳山国分寺は別の寺のようだ。